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悪人/吉田修一

「悪人は誰なのか」というテーマに対してとことんリアリティをつきつめて描いた作品。

この物語にはこんな人々が登場する。

出会い系で出会った女に冷たくされたからと殺し、それを隠し、さらには殺人後に新たに出会い系で出会った女を連れて警察から逃げる男。

初めて行った風俗で店の女に恋をし、まめにお店に通い、時にはおなかを空かせているであろう女に弁当を持っていってあげる。一緒に暮らしたいという願いを叶えるために家を借りたにも関わらず、女に逃げられてしまう男。

自分を育ててくれた祖父母の面倒を良く見て、祖父を病院まで送ったり、時には近所の老人をも送ってあげる優しさを持った男。

車にしか興味が無く、性格はやや暗めでまわりからは物静かで何を考えているかわからないと思われている男。

この本を読むと普段僕らがニュースで見る「殺人が起きた事」と「加害者が逮捕された」という物語が点でしかないことを思い知らされる。容疑者として晒されている顔写真だけの人にも彼の人生があり、加害者となるまでの文脈があり、彼の罪を憂う親がいて友人がいる。

「根っからの悪人なんていない」だとか「殺人を犯すほどの理由が誰にだってある」だとかを言いたいんじゃない。ただ、間違いなくすべての人間に過去があり、感情がある。

当たり前のようでいて、物語としてそれを見せるのは難しい。

正義の主人公は終始一貫して元気で明るく正義を声高に叫ぶ存在であるべきだし、悪人は殺されるべき運命を持った者として描かれなくてはならない。

一つの物語で人物の多面性を移せばそれは「キャラが定まっていない」という評価になる。あくまでも登場人物は極端な一つの性質を持ち、いくつかの「やむをえない理由」によってのみ別の面を見せることが出来る。

そんな物語の常識を張り倒し、現実的な「人間」を描いた名作がこの「悪人」だ。

何しろ、僕が上のほうで書いた登場人物「たち」は全て同一人物なのだから。そしてそんな彼の多面性が心の病などではなく、一個の人間の中に埋まっている事を違和感無く受け入れる事ができるからだ。

オマケ

僕は司馬遼太郎が大嫌いだ。彼の物語でも、「悪人」と同じように人間の多面性が良く描かれる。しかし、彼のは描いているというよりも「物語の都合上そういう性格じゃないと困るからそうします。」といった感じでただ作者自身がいきなり紙の上に登場して「彼は~~という一面も持っていた」と喋るだけというひどさ。それに比べて吉田修一の筆力は圧倒的だともう。

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