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2010年1月

初めて「文章の書き方」を学んだ

会社の研修で、「社会人の文章術」というような研修に行かせてもらいました。
講師の先生が日本語の使い方自体に興味を持ってらっしゃる方で、ビジネスの場だけではなくもっと広範囲で応用できそうな内容でとても楽しかったです。

この研修を受講した後から、自分の文章の書き方が明らかに変わってきました。
その最も大きな変化は「言葉を節約する」という事です。

例えばビジネスの場での便利な言葉として「確認します」という言葉があります。
この一言だけで「原因究明します」「対処します」「連絡してみます」などの意味をあらわすことが出来ます。クレームも質問も依頼も全て「確認します」の一言で乗り切れてしまうのです。
同じようにブログ記事でも「すごくいい」だとか「感動した」だとか便利な言葉がいくつもあります。
これらの言葉はそれぞれの世界で常套句として使用されていて、意味が広い分受け取る側にその解釈を委ねる事が出来ます。それは自分の意見に共感してもらうという意味では良いと思います。でもこういう言葉は、相手が解釈しやすいだけで、相手の理解したことと自分の伝えたかった事の隔たりは大きくなっているはずです。(ビジネスの場では、時にはその方が良いのかもしれませんが。)
でもこういう言葉遣いになれてしまうと、自分の気持ちすらも広範囲で曖昧な言葉にくくってしまうようになってしまう気がします。ブログなどの自分発信の文章でそれをしてしまっては、書く意味すらなくなってしまうのではないかと思うのです。
本来誰しも、自分の感情は他人と同一ではありません。それを無理に特定の言葉でくくって伝える事で共感が生まれます。伝えるために仕方なく自分の気持ちを言語化して、多少のズレを我慢するのです。でも今ではそこが逆転して、相手に伝わりやすいように守備範囲の広い言葉を選び、その中に自分の感情が網羅されていればよい、となっていました。
他人に伝わる事・共感される事を最優先と考えるのであればそれで良いのですが、何よりも自分の意志・気持ちを伝えたいのであれば、意味の狭い言葉で、誤解を与える余地が全くないフレーズを発するべきです。

そのつもりで一度自分が書いた文章を見直すと、いかに無難で伝わりやすい言葉を選んで書いているかがよくわかりました。
そんなの、もはやオリジナルではありません。書く意味もありません。
だから今僕は言葉の節約に励んでいます。

「春の空気ってなんかいいよね」で得られる共感よりも
「春の空気って~~だからいいよね」を伝えられる力が欲しいのです。

もちろん、自分の言葉にこだわり過ぎて小難しい単語を連ねるだけの文章は最低です。そして他人に伝わらない言葉には存在価値がありません。
他人に明確に伝わるような言葉を選びとれるようになるのが目標です。

川上未映子さんの文章が好きなのは、言葉の節約がうまいってこともあるような気がする。ああいう文章を自分のものにしたいという気持ちがあるから、下手くそなモノマネとわかりつつそういう文章をわざと書く事がありますがお許しを。twitterではたぶんその傾向が顕著に現れる。

その他研修で気になったtipsとか今自分が意識してやってる事をいくつかご紹介。
・文末が同じような言い回しにならないようにする
「~~と思った。~~と思った。」とか。文章が単調になる。
・文頭が同じようなフレーズにならないようにする。
これも文章が単調になる
・同じ単語は連続した2文では変える
言葉が重なるとリズムが狂う。ちょっと稚拙にも見える気がする。
・話の流れが自然であれば、接続詞は減る。
接続詞があるっていうことはそこで文章の流れが切れてたり、繋がりを補完しなきゃいけないってことだから。
・「~的」はやめる
簡単に意味を広げられるから。あとセリフとか以外の意味を強調する時に自分が多用している「」とか""も減らそうと思う。
・一文に含まれるメッセージは一つにする
これを実行してみると、今まで意味的つながりが無いメッセージを一文にしてしまうことで、なんとなくごまかせていたことが良く分かる。ただし、短文の連続は稚拙に見えるからもろ刃の剣ではある。
・最後まで残るのは良い文章
夏目漱石とか森鴎外とか今も読まれている過去の作品は内容云々よりも日本語がきれいなんだってさ。今まで気にもかけてなかったけどこういう過去の名作も読んでみます。

今のところどれもうまいこと出来ていないけど、これらを実行していくとたぶん文章がロジカルに、そして意味が明確になると思う。そういう文章は読み手にとっても解りやすい。言葉を節約することが、やがて言葉の守備範囲の力じゃなく、自分の言葉で相手に伝わる力に変わっていくはず。

※上で禁止した言葉の使い方って、一方では言葉を強調するときに使われるテクニックでもあるから、その使い処も覚えていきたいです。

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転職が目的ではないです。目的のための転職じゃなきゃね。

正月、親戚一同が集まったときに転職についてどう思うか聞いてみた。
相談してみたのは、営業畑から部長にまで昇りつめた人と同業会で同じく部長さん。
結論としては相談などと言える状態じゃなく、窘められた感じ。
そうだよなー。二人とも20年間同じ会社に勤めあげて自分の腕で昇進してるひとだもん。

で、アドバイスとしては2年で転職っていうのは100%マイナスにしかならないという点と、そもそもタイミングが完全に間違っている、と。不景気の時の転職がいい結果を生む事なんてほとんどないから今の会社でせめてもう1年耐えなさい、と。

言われてみれば納得なんだよな。やりたいこと、はぼんやりとは決まってきたけど、今の状態で転職するのって攻めじゃなくて逃げなんだよ。逃げで転職だけはだめでしょう。

それにタイミングの問題は、素直に納得するしかない。今年新卒で入ってくる新人たちの学歴を何となく知ったんだけど、おいおいおい、入る会社間違ってないかって言いたいくらいの高学歴。こればっかりはもう実力とか関係ない大きさで社会の動きってもんがあるよなぁ。

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笑う合戦屋

2010年2冊目。
信濃のとある豪族のもとに身を寄せた天才的軍略家・石堂一徹が主人公。
 
身を寄せた先には内政に明るく人望はあるものの軍略においては一徹に遠く及ばない遠藤吉弘と、無類の明るさと繊細な気配りを同居させている姫・若菜がいた。
 
その軍略によって地方の小豪族でしかなかった遠藤家の領土をまたたくまに拡大していく一徹。
 
しかし才能あるものの悲しい運命が一徹に降り懸かる。次第に遠藤吉弘は一徹を疎ましく思うようになる。無垢な野望の行方を失い遠藤家を去る決意をした一徹と、遠藤家の中で唯一領土拡大と合わせるように人間として輝きを増した若菜。遠藤家の中で彼らだけが心の底を通わせた。
 
若菜のために希代の軍略家はわかりきった負け戦に向かう。
野望が消え失せた果てに、決して笑う事がなかった合戦屋に、会心の戦場が訪れて笑顔が溢れた。
 
 
 
話は面白かったし若菜の魅力的な描写はすごかった。ただ一人称の主体の切替え方がめちゃくちゃで中学生の作文みたいでした。60点。

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武士道シックスティーン

武士道シックスティーン

2010年1冊目。

剣道部に所属する性格が対照的な女の子二人の物語。

タイトルと外装が素敵なので読んでみた。

んが、最後までは読む気になったけど取り立ててぐっと来ない本でした。ナンテコッタ。

まぁでも今年は読んだ本は全部レビュー書くと決めたので・・。

剣道のことはさっぱりわからなかったんだけど、やっぱり静と動があるスポーツはいい。

こういう題材だとどうしても「ちはやふる」と比べてしまう。静と動の空気感の伝え方で「ちはやふる」を超えることが、小説にはできないかもしれない。

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