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北朝鮮に行った話

せっかくの朝鮮学校卒というわけで、朝鮮学校卒ならではの体験について書いてみます。
朝鮮学校では高校3年生の時に修学旅行として北朝鮮に行くことになっています。
その時の政治情勢によっては万景峰号(マンギョンボン号)が入港禁止になっていたりして飛行機などを使うこともあるのですが、僕の頃は万景峰号に乗って朝鮮に行けました。
拉致被害者が帰ってきてしばらくたった頃だったので、当然のことながらあの船に乗ることや朝鮮に行くことについてマスコミからの批判も強い時期でした。
それにもかかわらず結局かの国に行った事、何より当時の僕の幼さなどとても不快に感じられるかもしれないですが、当時の心境などをうそ偽りなく書きます。

上のような社会情勢にもかかわらず、それでも、僕は朝鮮に行きたくて仕方ありませんでした。
お分かりいただけないかもしれないですが、小学生の頃から行った事もないのに「祖国」と言われ続けた場所がどんなところなのかというような思いや、初の海外旅行、船旅、2週間もホテルに泊まって友達と過ごせる、などなど高校生が胸を躍らせるには十分すぎるほどの魅力を、その旅は放っていたのです。
あるいはマスコミで話題になっている「謎の国」に行けるというのも、わくわくする理由の一つだったかもしれません。
だから、当時高校3年生の僕らにとって、政治的な問題などは正直に言って二の次だったのです。

僕が行った年の前年(たぶん。2年前だったかもしれません。)にとある動画が話題になっていました。それは、万景峰号に乗って新潟湾から出向する直前の朝鮮学校の生徒を新潟湾から撮影した動画で、撮影者付近を見下ろした生徒の口の動きが「しね」と動いているように見えるものです。
実際にそう言っていたのかどうかはともかく、世間では「こんな時期に朝鮮に行くなんてやっぱり生徒も腐っている。反日にちがいない」といった批判があふれていました。

高校3年生という年頃がどうあるべきか、となると判断は難しいと思うのですが、せっかくの海外旅行を、修学旅行を、友達が行くといっているのに、自らの意思で、政治的な判断をして「行かない」と決断するなど僕には無理でした。
お前話題の渦中にいたくせにのん気過ぎる、と言われてしまえばそれまでですが、僕は高校3年生なんてそんなものだ、と思っています。
この後の僕の話も高校3年生の悪乗り全開ですが、少しでいいので高校3年生と言う生き物の気持ちを少しでも慮っていただいて読んでいただけると助かります。

僕が行ったのは高3の2学期でした。
塾に行って担当の講師の方に「2週間ほど朝鮮に行ってきます」と告げたときの反応といったら、人生史上最高の目が点っぷりだったことを覚えています。
「受験をなめるな」という最高の激励を背に新潟湾に僕は向かったのでした。
新潟湾まではバスに貸しきり夜行バスに乗っていき、もはやクラスメイトのテンションは最高潮。深夜まで騒いで、眠ってしまい目が覚めた頃には港付近についていました。カーテンの間から差し込む朝日に目をすぼめながら新潟を見ようとカーテンを開いた先にあったのは――――

真っ黒に塗られた頑強そうな車体、運転席に座る蝶野○洋的なサングラスをかけた男性。車体から伸びる幕に描かれた綺麗な日の丸。そう、右翼の街宣車です。
ただ、僕らが行っていた学校の近くには割と頻繁に街宣車が来ていたのでさほど驚くでもなく、ああ、やっぱりいるんだ、という程度の事でした。
港について荷物検査などを通り船に乗り込んだものの出航まではまだ時間があり僕らは思い思いに甲板に出たりしていました。

見下ろす新潟港には、見送りに来た在日コリアンの人たち、拉致被害者の会の皆さん、そして右翼の皆さんと、オールスターでの見送りになっていました。
「いってらっしゃーい」
「我々の家族を奪ったにもかかわらず・・・」
「我が国を脅かす、不逞鮮人共が・・・」

正直に言います。僕はあの滅茶苦茶感がやけに楽しくて友達と何か知らないけど歌を歌ってました。
たぶん、話題になった動画の生徒もこの状況で、恐らくオールスターの方を向いてあのような発言をしたのでしょう。
間違った方向性ではあれど、ただはしゃいでいただけの僕に比べればまだ、政治の事を意識していただけましだったかもしれません。

そんなこんなで無事に出航。あとは2日間波に揺られてかの地へ行き着くだけかと思いきや、出航後陸地沿いにしばらく進んだとき、陸地の上に見えたのは―――――
もはやお馴染み、右翼の皆さんでした。
ざっと見渡す限りで、車30台、人間100人はいたかと思います。
そこまで執念持って追いかけてこられたら、もう今回のオールスター戦はあんたらがMVPでいいよ。ってなもんです。

というわけで例のごとく激励の言葉を投げかけてもらったのですが、
船の上の僕ら、心は修学旅行で跳ね上がっているのです。
何人かで声を揃えて熱いエールに答えてしまうのでした。

「朝鮮人の糞ガキどもがー!!」

「マンセー!!」

「なぁにがマンセーだぁ!!朝鮮半島に帰れー!!」

「いってきまーっす!!」

「二度と帰ってくるn」

「ちゃんと帰ってくるよー!!\(^o^)/

ほんと、ひどい学生ですね。
でもね、右翼の脅しを恐れて、耳をふさいで震えてたり、拉致被害者の家族の方への罪の意識から、船に閉じこもって膝を抱えてたりなんてしていたら朝鮮学校の生徒なんてやってられないわけですよ。
僕らは僕らなりに、よくわからないけど嫌われたり批判されたりすることを何らかの形で乗り越えなきゃ行けなかったんですよ。それが笑いであり虚勢であったりしたんです。

こうして熱気を持ったまま出航してあとは船に揺られるばかりでした。
ちなみに万景峰号のなかは普通の船と同じで船室があり、小さなコンビニ的なものがありバーみたいのもありーのといった所です。

船の一番高いところに上って仰向けになって見上げた夜空には星が嘘のように山ほど散りばめられていて潮風が吹くたびに、それにつられて次々と光が振ってくるのでした。
それは高校3年生の2学期と言う辛さも、切なさも、不安も希望も全て流してしまうような、ありえない夜でした。
見渡す限り広がる闇と、肌をなでる潮風、空からこぼれる眩い光、大嫌いで大好きだったクラスメイトたち。
このまま時が止まって、全てが消えてなくなるまでここにいられたらいい。そんなありえない夜でした。

そんな情緒的な文章を書くような空気に酔って、船がいつの間にか陸地に近づいていたことにも僕らはきづかなかったのです。
突然四方からライトを浴びせられ、撃たれる!と思いながら船室に逃げ込むまでは。
今思い返せば、陸地側から船の姿を確認するためのライトだったわけであっちからしてみりゃあこんな夜中の船の屋上に人がいるなんて思うはずもなく
ましてや勝手に撃たれると思うなんてって話です。

そして夜が明けてついに上陸の朝が来ました。
港には恐らく近くの学校から動員されたであろう学生たちが歓迎してくれていました。
どうでもいいことですが、僕は向こうに滞在中住民の方と会話したりしましたが彼らの真意なんてものは当然知りませんし聞く意味もないので、北朝鮮国民の本音だとかそういうのは全くわからないです。この記事はあくまでも僕の思い出を書いているのであって政治的意図はないのでそのへんあしからず。

ちなみに船は朝鮮半島の右側の港町について、そこからバスにゆられて僕らは平壌に向かいました。
平壌市内は当然、日本のような大都市ではなく住宅地は多くあるものの人はまばらといった様子でした。
ホテルの一階には小さな売店があり、そこにはお菓子やジュースなども売っていました。
賞味期限が2年ほど過ぎたスプライトがおいてあったり、そのスプライトが日にちによって値段が倍になったり半分になったり、と日本でもよく見られる光景ですね。

滞在中自室に洗濯物を置いておけば(何か袋にいれておく感じだった気がする)、掃除のおばちゃんが無断で入室してきて、洗濯してくれました。しかも誰のものか間違えないようにと服の裏地に部屋番号を縫い付けてあったり・・。日本の一流ホテルでもここまでのサービスはなかなかないでしょう?

そうそう、エレベータが開くと目の前には鉄筋の骨がある、何てこともありましたね。
2.5階くらいで停止して開いたドアの上半分に3階の地面らしきものが見えるというね。

そんなすばらしいホテルに泊まって2週間をすごしたのでした。

というわけで今日はこの辺で。
次回「蝋塗りの元首領様」。

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コメント

うーーん、リアルですね、すごく感じが伝わってきました。

「よくわからないけど嫌われたり批判されたりすることを何らかの形で乗り越えなきゃ行けなかった」感じと、若さの勢いが混ざった、雰囲気が、よく理解できました。

修学旅行で、北朝鮮に行くというのは、初めて知りました。

この後の、旅行記も楽しみにしています。

投稿: ogawa | 2009年12月24日 (木) 21時26分

ogawaさん

こめんといただきありがとうございます。(気づくのが遅くてすみません)
当時の雰囲気をわかっていただけたようでうれしいです。

時間が空いてしまいましたが続きもいずれ書いてみます。引き続き温かい目で見てやってください。

投稿: ckaraza | 2009年12月31日 (木) 03時10分

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