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差別の話

まず「在日 コピペ」で検索をしてみるという記事に僕の差別体験に関するコメントをいただきました。

コメントを下さった方への返信を書いてみたものの、コメント欄では書き切れなかったり誤解だけが残りそうだったりという不安があったのでこうして記事として書かせていただきたいと思います。それに質問の文章からまっすぐな気持ちを感じたので出来る限り誠実に返信をさせていただきたいと思いました。

僕の周りで実際に差別を受けたような体験で言えば僕自身の体験だけでも、小学生低学年のころ電車の中でカバンに思いっきり体重を乗せられて倒されて、サラリーマン風のおじ様に「朝鮮人のガキが、邪魔なんだよ」といわれたり、部活の試合に行ったら、試合前に対戦相手から「お前朝鮮人なんか」と言われてあざ笑うかのような笑顔を向けられたり、といった感じです。

もう少し大人になってからでいうと、社会人になるにあたって都内のアパートを借りようと賃貸の仲介業者に行ったものの、契約完了直前で「すみません、大家さんに確認したところ外人さんはちょっと・・・」と言われて3件断られました。当然の話ですが、社会人ですので定期収入はありますし、保証人もいました。

大学入学時に生協でも同じような目に会い、母親と悔しさをかみ殺しながらいろんな大家さんに電話したものです。いざ、入居がOKとなった大家さんにもしつこいほどに「うちはね、外国人でもぜんぜん気にしないから!本当にぜんぜん気にしないから!」・・・いわれるほどに「外国人であること」が賃貸にとても関係するんだよ、と言われているようでした。

あとはmixiとかで定期的に下劣な言葉が並べられた言葉が書かれたメッセージが送られてくるくらいでしょうか。

直接的に「差別を受けた」と言えるのはこれくらいです。

僕は男なのでこんなもんですが、朝鮮学校の同級生の女の子たちはもっと色々とされていました。

なので「今も差別はあるのか?」という質問に対しては「ある」と答えざるをえません。

ここからは僕が思う差別に関する話をさせていただきます。

日本と言う国は本当に良い国だと僕は思っています。大人になるにしたがって、多くの日本人が在日コリアンという存在に対して「言ってはいけない言葉」を理解してくれていて、直接暴言を吐いたりする人はいません。たとえそういう暴言を吐く人がいても恐らく多くの日本人が、暴言を吐いた人を非難して在日コリアンをかばってくれると思います。日本社会というのは本当に立派なものです。

僕の親の世代では、正直に言って言葉の暴力や肉体的暴力など、あからさまな差別を受けた体験を持つ人は多くいます。でも、僕(1980年代後半生まれ)の世代以降でそのようなあからさまな差別を受ける回数は絶対的に減ったようです。

だから、たとえば僕に差別的発言をしたサラリーマン等を「一部の心無い人」と切り捨ててしまって「実質的には差別はない」と言ってしまうことは簡単です。

でも、出来ることならば「何が差別なのか」ということを考えていただけるととてもうれしく思います。

例えば僕は大学入学時と社会人になるときに上記のような「入居差別」を受けています。

しかし、自分が大家さんだったとして考えてみると、同じ賃料で同じ年収の人がいたとして日本国籍の人と外国籍の人、どちらに家を貸したいか考えてみれば、当然日本人になるわけです。

だから「外国籍に貸すくらいなら日本国籍に貸したい」という判断で僕の入居を断った大家さんがいたとしたらそれを「差別」とは言えないかもしれません。

でも僕はあえてそれを無知による「差別」だと考えています。

なぜならあの入居拒否した大家さんたちは在日コリアンのこと、在日コリアンがもつ「特別永住権」という権利の意味を知らずに、「外国籍」としてひとくくりにされてしまっているのではないか、と思うからです。

「特別永住権」を持っている在日コリアンが一般的な外国人のように国外逃亡する可能性は0%です。だから、本来賃貸に当たっては日本国籍の人と「特別永住権」保持者の「賃料を踏み倒される」リスクは同等なはずで、だから在日コリアンという理由だけで入居を断るのは「差別」だと思います。

つまり、在日コリアンに対する扱いは言葉や肉体的暴力による差別は無くなっても、無知による差別は残っていると思うのです。

―いやいや、なんでおれら日本人がお前ら在日コリアンのことなんか知ってなきゃいけないの?

まさにそのとおりで、日本人が在日コリアンのひとつひとつの権利なんか知る必要ないわけで(もちろん知っておいてくれる方が互いにとってよいと思いますが。)、在日コリアンがもっと説明しなきゃいけない、ってのもあります。まぁ賃貸に関しては大家さんと会話するのは仲介業者の方なので僕がどれだけ熱弁を奮うつもりでも大家さんと直接会話する機会はないのですが。。

例えば、道端で点字ブロックの上を棒でなぞりながら歩いている方を見かけたとき、日本では視覚障害者の方であることを周りが理解して、例え通勤ラッシュの時でもみんなが道を空けてくれます。それは日本社会で視覚障害への理解が十分に進んでいて社会が成熟しているからです。

例えば視覚障害自体に関する知識が日本人になければ、人があふれる道で棒を振り回しながら歩いている人を見て「迷惑な人だ」となるでしょう。当然、「邪魔だ、どけ」などと「差別的発言」をする人もいるはずです。

このように、「無知であることが差別につながる」ことがあるということを知ってもらいたいのです。肉体的暴力を与えたりという1段階目の差別(例えば一昔前に精神病患者が幽閉・虐待されてしまったように)が無くなっても2段階目の無知による差別までを解決しなければ本当の解決とは言えないと思うのです。

説明がわかりづらくなってしまうので「差別」という言葉で統一しましたが「無知であること」の責任がどこにあるなか、というと教育だと思うので「無知による差別」をしてしまった人個々人を糾弾しても仕方がないという思いもあります。

僕は無知であることを「差別だ!」と騒ぎ立てたいのではなく「だから知ってください!」と言うことを訴えたいのですが、・・・この記事でうまく伝わると良いのですが。。。

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コメント

この間、差別について質問した者です。
まさか本当に教えて頂けるとは思ってなかったので、とても丁寧な返事を頂いて凄くうれしいです。まず心からお礼を申し上げたいと思います。有り難うございました。
本来ならもっと早くメッセージを書き込むべきでしたが遅れてすいません。

僕はこの問題を考え始めてから、歴史や道徳の時間に、わざわざ在日コリアンという人たちがいる事を教え、どんな差別をしたか、はたまた本国に帰っても嫌われ、彼らがどれだけ苦しい想いをしたかを教える事によって、在日=日本人を恨んでいるみたいなイメージを植え付けるのではないかと思っていました。
知らず知らずのうちに在日vs日本人みたいな考えを教え込まれた僕たちは在日の人たちに対して罪悪感を負ったり、壁を作り変に優しくしてみたり、または開き直ってストレス解消のはけ口にしたり。
知らなければ特に意識する事もなく、普通の関係でいられるはずが、わざわざ違いを教え込む事で国籍を区別し、差別を生んでいるのだと。
過去の恨みを伝える事によって新たな恨みを生んでいるのではないかと思っていました。
この教育が終わらない限り両者の関係の正常化は無いのではないか?
などとも思っていました。

しかし、無知による差別という、カラザさんのコメントを頂いて、差別しようと思ってなくても結果差別をしている事が今も残っている現状を知りました。日本人が知らなくても在日の人たちがコリアンだという事実は永遠に消えないもので、全く知らなかったら今よりもっともっと傷つけてしまうかもしれませんよね。しかも悪気が無いのだからある意味たちが悪いですし、関係も悪化する可能性すらありますし。やはりもっと上手くお互いの立場を対等に考えられるような教育が必要なんだな、と思いました。
現状を打破する為にゼロにしてしまえば良いなんて前の僕の考え方に恥ずかしさすら感じます。ごめんなさい。

記事の中の肉体的な暴力や直接的な言葉が減ってきていると当事者であるカラザさんが感じている事に少し安心しました。少しずつでも良くなってきているのですね
僕では勉強する事はできても体感するのははなかなか難しいので非常に貴重なお話でした。

親や祖父の世代では遺恨になりかねない事件や出来事もあったかもしれませんが、
僕たち世代ではむしろお互い助け合えるような素晴らしい絆を作れたら素敵だと思います。

最後になりましたが未熟者の自分一人の質問の為にとても丁寧に、そして分かりやすく回答して頂いてとてもとても感謝しています。
このまま生きていたらまず聞けなかったであろうお話を聞く事ができて、凄く良い経験ができました。本当に有り難うございます。
調子に乗ってまた長々と書いてしまいましてすいませんでした。
では失礼します。

投稿: | 2009年11月10日 (火) 02時07分

コメントいただきありがとうございます。

正直に言って、僕が意図した内容が伝わらないのでは、という心配をしていたのですが、しっかりと伝わっていたようなのでとてもうれしいです。

うれしくてその気持ちを記事にしようかと思いましたがきりがないのでやめときました。笑

高校・大学・社会へと行くにつれていつか在日コリアンと会う機会があるかもしれませんね。その時はちょっとだけ興味を持ってその人の事を知ってあげてくださいね。それだけでもう差別なんてあっという間になくなりますから!

20代になってみるとやっぱり中学の頃のことを懐かしく思います。中学生活、思いっきり楽しんでくださいw

投稿: ckaraza | 2009年11月10日 (火) 17時54分

自分は日本人で、22歳です。

登録してないので…
ココログのルールが分からないままコメントさせていただきます。


在日の差別についてと面白いブログを見せてもらいました。


自分は在日に対してなぜ差別なされるのか、疑問でした。

自分が日本人であるかも、自覚できないからだと思います。
それは日本の文化とか精神というものが外来からのものに触れることで変化してきているし、日本を見つめ直す機会が少ないからです。

自分にも言えることですが、たしかに無知というのは怖いものですね。

私は博愛主義者じゃないですが、最近のバラエティで中国、韓国、日本がぶつかり合っているのを見て、
ここまできたのかと安心しています。

投稿: 三浦 | 2012年2月 1日 (水) 10時12分

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