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ネットでの投稿は匿名・HN・実名?

mixiのニュース記事を読んでて違和感を感じた

一応mixiをやってまして、最近は言いたいことはこのブログで書けるもんで更新もせずに徐々に過去の日記やらも消しております。もはや直接連絡を取らない友人の近況を知るということ以外に利用用途はなさそうです。

最近、mixiでとても気になったことがあります。
病院の近くから携帯で動けなくなったことを連絡したものの、警備員に発見された時には死亡していた千葉の18歳少年の事件のニュース日記です。
ニュース日記というのはmixiが公式で出しているニュースを元に各ユーザが日記を書くという機能で、ニュース記事の下にそのニュースを元に書かれた日記一覧が出て読むことが出来るものです。
だいたい、殺人事件などの記事には「とても悲しい事です。ご冥福をお祈りします」という日記(そもそもご冥福を祈る事を公に公開する神経がわかりませんが。)が大半です。

一方千葉の少年のニュース日記はなぜか高校の同級生だとか友達だとか、そういう関係性は明示していなくとも被害者のことをあだ名や下の名前で呼びかけるように無念を述べる記事が異常に多い。
その事件のニュース日記が200ほどあるのに対してそういう現実で被害者のことを知っている記事がざっと30~40くらいはあったように感じます。

僕はニュース日記みたいなのを好んで読んでるのであれ?と感じたのですが、これは他の事件に比べて圧倒的に多いです。

本当に現実に付き合いがあったとして、わざわざその日記を関係のない人にまで公開できる形で書くというのはどういう神経なんだろう。
というか、実は僕はあの日記群の中に本当は付き合いがないのに、あたかも付き合いがあるかのように書いている人がいるのでは?と思っています。でも何のために?広告したい業者さんでしょうか。
あるいは、日記で「自分は被害者が亡くなった事を無念に思っている」事をアピールする必要がある人達が混ざっているのでは。
それとも18歳の少年の同級生くらいの人たちのネットリテラシーみたいなものは、あんな感じでネットと現実の区別がついていない、つけていない人が多いかな、とも思います。

mixiは個人的な日記を書く場であって、自分の行動履歴や生活圏、趣味嗜好まで他人に知れ渡るような内容になるものです。それが他人に知られることの脅威を解っていない人が多い気がするのです。

匿名論争

たまにネットで話題になる匿名論争について触れます。
要約すると実名でネットにブログやらを書いてる人が匿名の人に対して「卑怯だー」といって言い合いが始まる論争なのですが、僕が一番すとんと腑に落ちるのはこの解釈です。

304 Not Modified-実名・匿名論争が論じるべきテーマはたった一つ
実名でやっていることの最大のメリットは、今まで自分のやってきたことがすべて繋がることでしょう。自分、過去の自分、今属している組織、過去に属してきた組織。そこからひょんな出会いがあったり、仕事に繋がったり。実名でなければ、過去と今を繋げることができないですからね。

匿名でやっていることの最大のメリットは、匿名でやっていることを実名の自分との繋がりを切り離すことができることでしょう。別に、実名の自分と繋がると良くないことをやしているからではありません(それが目的の人もいるかもしれませんが)。もし、何か失敗を起こしてしまったときに会社に迷惑をかけないためです。

私は「まなめ」という固定HN(コテハン)を使っている。HNを固定することで、そのHNを使っている間の言動を繋げることができる。一回きりの捨てハンを使う人は、すべての繋がりを捨てて、その発言をそこに残すことが目的なのでしょう。

ハンドルネームの利点は大きい。繋がりを自分でコントロールできることだ

つまりネット上で実名を使うか否かというのは、現実の自分とネット上の自分を(良い点も悪い点も相互還元出来るように)繋ぐか否かという問題なのです。
さらに、ネットにはHNというのもあって現実とは繋げないけれど、ネット上では一貫した人格として繋ぐこともできるという事です。よってネットを使う人間にとって"何を繋ぐか"という問いに対して以下の3つの解があることになります。
・現実―ネット(実名ブログ)
・現実|ネット―ネット(HNを利用)
・現実|ネット|ネット(匿名、名無し)
切り離されているポイント同士はお互いに知名度も悪評もパブリックイメージも影響を与えない関係となっているのです。

匿名で書くことは無責任である、とよく言われます。実際匿名で書いた内容についてはその場で垂れ流すだけであって書いた本人も未来永劫責任は取りませんが、一方でそれがどれほど優れたたれ流しであっても現実の人格には還元されないのだから、それ相応のリスクはあるわけで、匿名が悪いとはやはり言えないと思います。
それに全ての人に実名を強いてしまうと「現実での権威がリセットされる」というインターネットの重要な要素がなくなってしまうはずです。

僕はこうしてHNでブログを書いていますが、それは現実でなかなか口にできない恥ずかしいことを書いたりできるし、ましてやそんな恥ずかしい内容を誰かに見られて現実の在日コリアンの僕と結び付けられて嗤われたりされたら・・・考えるだけでもこわいこわい。

実名でブログを書いたりするような人は、ネット上の自分と現実の自分に乖離がないような、それこそ裏表のない人格を持った人か、あるいはネット上での自分をマネジメントしていて現実の自分に還元されたくないようなことは書かないようにして、ネットで得られる称賛・名声・知名度を現実の自分に還元することによって得られるメリットを十分に認識・計算してネットをそのために利用しようという打算があるべきです。逆にそこを意識せずに実名で書いている人はネットのデメリットに飲まれるだけの大変危機管理の甘い人だと思うのです。

そうして考えるとSNSというのはとても曖昧で危険な空間です。
プロフィール欄には本当のことを書くように公式で勧めている上に、日記も基本的には公開なわけで、ネット上の自分と現実の自分を繋いでしまうことの危険さを理解しないままに繋いでしまっている人がとても多いように感じます。
あったことがない人の死に対して弔いの意をわざわざ公開で示したり、友人が亡くなった無念を現実の自分ひとりで噛みしめることなく垂れ流したりといった姿から、軽率に繋いでるように感じるのです。

僕はたぶんこのブログで実名を公表することなんかないし、この記事がボロクソいわれようが褒められようが、あくまでもこのHNの中でその評価を受け取るだろうな、と思います。そういうネットにおける自分のマネジメント方法みたいなものを若い人たちに教えておかないとネットはどんどん愚の集まりになってしまうのではと思うのです。
そしてそんな馬鹿なユーザのために余計なセキュリティかけたりサービス作るなんて、とても下らない事だと思うのです。

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