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心と体

本を読みながら歌やラジオを聴き、さらに何かを食べていることがよくありなす。

それでもまだ物足りず、「人間にもう一個外部から情報を入力できる何かがあればいいのに」とよく考えます。

中学生の頃は、漫画をめくる左手とゲームをする右手に加えて、物を食べるためにもうひとつ手がほしい、だなんて考えていました。

でもよく考えてみると、もし自分にもう一本手が生えてきたとして果たしてそれを使いこなせるだろうか?という疑問がわきました。リアルに想像してみると3本目まで気が回らないきがしませんか?

どうやら今の脳みそでは3本目は扱えなさそうです。同じように、上で述べたような入力装置がもう一個あってもおそらく使いこなせないでしょう。

逆に言えば人間は、自分に今ついてる器官を使うためにしか脳が発達しないということです。

ハードウェアをいかにつけたしてもそれを扱うソフトウェアはインストールされていないわけです。

そのハードウェアさえも人によって違います。

もし同じ脳みそを持った人間2人がまったく同じ環境で育ったとしても、片方の身長が160㎝の肥満体で、もう一人が190cmで細身のハードウェアを備えていれば、彼らが見る世界は全く別物だろうし、結局脳みそも違う方向に進むでしょう。

一方でソフトウェアによってハードウェアが変化することもあるでしょう。

毎日笑顔で過ごすことを心がけて人生を楽しんでいる人の顔は、明るく変化していくでしょう。

毎日鏡を見て自分の顔つきを意識している人は、その人が求める顔に徐々に近づいていくのではないでしょうか。

「見た目で人を判断するな」

とはよく言いますが僕はやっぱり外見こそ人を判断する一番の材料で、普段その人がどういう姿勢で生きているのかがもっともわかるものと思うのです。

そして、心の持ちようで外見が変わるのであれば、自分も出来るだけ外見に好影響を与えるような心持ちでありたいと思っています。

落ち込みそうな時はそうやって、心がマイナスに傾くのを引き戻しています。

それにしても、いったい僕のどのソフトウェアが170cm72kgという小太りになるようにしむけたのでしょうか。「外見は出来るだけ普通に」と願っている僕のどの思考がこんなポッテリお腹をつくるのでしょう。

そんな事を、考えています。カントリーマームを食べながら。

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