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ぼくらの(鬼頭莫宏)

ぼくらの 1 (IKKI COMICS)

買ったきっかけ:
日経エンタ読んでたらオススメみたいになっていたので読んで見た。

※以下感想は重要なネタバレがあるので未読の方はご注意ください※

感想:
少年少女たちがロボットに乗り、正体不明の"敵"と戦うという点で所詮はエヴァの後追い作品という感じは残ってしまっているが、独特な点として世界の滅亡と関連無く主人公たちは死ぬ事になっていく点が挙げられる。また、少年達に死への恐怖による"戦うか否か"の選択権は無いため、"戦う理由を探すための葛藤"ではなく"戦う決心をするための葛藤"が描かれる。
もう一点この作品の重要なポイントとして少年少女たちが否応無く地球の存滅に関わるという点でセカイ系の流れを受けながらも、"具体的な中間項を挟むことなく"というセカイ系のセオリーを破っている点が挙げられる。
本書では主人公たちの戦闘の結果として町の人々が死に、政府の対応や他国からの干渉があり、少年達はマスコミに追い回されるという現実が広がっていく。

どうせセカイ系の後追いだろうから、と1巻で辞めるつもりが予想外に10巻まで読んでしまった。
いわば思春期の妄想でしかないセカイ系の世界観に社会という現実を結びつけた点に惹かれてついつい読破してしまったわけだ。

しかし考えて見れば、何らかの理由で自分達の地球を滅ぼすモノが現れ、地球を代表する形でボクらが戦うというのは、一昔前のウルトラマンの構図だ。
ウルトラマンの主人公が少年少女になり、その結果社会や国家との結びつきがスポイルされて、少年少女が見る(偏狭な)世界と現実の世界を強引に結びつけたものがセカイ系だ。
そんな風に地球の滅亡という問題から社会や国家という現実感を抜き去ったものをセカイ系だとするならば、この作品は一度引いたはず現実をまた足し算しているわけだ。

この足し算が、「ぼくらの」についてまわる世界観のうさんくささというか中途半端さなのだと思う。
国家や社会を結びつけるわりにはSF的な能力が出てきたり、一方で僕らが戦うテキに関する説明をちょっと納得できるかもしれない程度にしてみたり。

決して愉快でも爽快でもなければ、一方でセカイ系らしい憂鬱さもイマイチなく、しかしなぜかページをめくる手が止まらない不思議な作品だった。

果たしてこの足し算は、セカイ系の発展先を示す"現実と結びついたラスト"を迎えるのか、それとも破綻して終わるのか、あと1〜2巻だと思われるので一応読んで見たい。

おすすめポイント:
15人の主人公それぞれに死までのストーリーが用意されているのだがそれなりのレベルには達していると思う。
絵と構図が上手いとは言えないため、せっかくのストーリーを活かしきれていない点がやや残念。

ちなみに「イキガミ」はこの作品からヒントを得ている気がしているのだがどうだろう・・・。

ぼくらの 1 (IKKI COMICS)

著者:鬼頭 莫宏

ぼくらの 1 (IKKI COMICS)

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