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症例A

症例A (角川文庫)

この作品では精神科医である榊の亜佐美という患者の治療への取り組みという物語と、国立博物館の職員である江馬が博物館に秘められた謎を解くという2つの物語が交差して描かれる。


榊は新たに働くことにしたP病院で亜佐美という少女を担当することになる。
亜佐美の前担当者であり、彼女を分裂症と診断した沢村は事故によって死亡しており、その欠員として榊が雇用された形となる。
※分裂病・・・現在では統合失調症と改名された病で幻覚や妄想などの症状を呈し従前の生活能力が失われてしまう病

しかし、榊は亜佐美の診断を行ううちに次第に彼女が境界例なのではないか、という疑念を持ち始める。
※境界例・・・病というよりも何らかの理由で性格が一般的ではなくなる症状。

(あくまでも私の思う、です。上手く説明できないのでできたら検索とかしてみてください。ご存知のかたは説明をしていただけるとうれしいです)

榊は沢村の診断にも自分自身の診断にも予断を許さず、彼女の症例を突き止めようと努める。
その過程で分裂病もしくは境界例の症例や、精神科医がその診断をするための根拠や反証が細かく描写されていく。

この精神病に関する細やかな描写が本書の白眉で、慎重な性格の榊を通して読者の理解を深めてくれ、知識だけではなく精神病に対する考え方、しいては人間の心に関する捕らえ方を考えるヒントになると思う。


そして、榊が分裂病と境界例の診断で悩んでいるとき、臨床心理士の由起が解離性同一性障害(多重人格)の可能性を探ってくれないかと言い出す。

私も本書を読むまで知らなかったが解離性同一性障害というのは精神科の医師にとっては眉唾ものらしく、本書でも解離性同一性障害が一種のカルトのようなものであると思われる理由が説明されている。

確かに多重人格といえばドラマの設定などで面白おかしく利用されることで一般人にとっても"馴染みがある"ような気がするものになっている。
多重人格と人間の多面性を近いものとする考え方をしている方も多いと思う。

優秀な臨床心理士だと思っていた由起がそのようなことを言ってきたことにたいして呆れ返る榊に対して、由起は解離性同一性障害患者を診たことがある医者を紹介するからどうしても一度会ってくれと懇願する。
渋々それに従いその医者に会いに行った榊が目にしたものは――――。

ここから榊と医者の会話が数十ページに渡り繰り広げられ解離性同一性障害の症状と治療の経過が説明されるのだが、この部分はまさに圧巻で作者がいかにこの題材に取り組むにあたって取材を重ね、慎重かつ繊細にこの病に触れようとしているのかが分かる。
それは下世話な興味でしかないがそれでも間違いなく解離性同一性障害や精神病に関する理解が深まった。


ネタバレになるかもしれないが、博物館パートを読み飛ばしてもそんなに問題ないと思う。
セオリー通り最後には両者の物語は交差するのだが、その解決も特に面白くもなかったからだ。(これについては博物館パートが面白かったというレビューもいくつか見かける。そもそも私は榊側の物語が面白すぎて博物館パートを熟読していないのだから"面白くなかった"といのは適切かもしれない)

また、榊側も亜佐美の治癒まで至らず、かつ登場人物同士の関係が曖昧なまま不完全燃焼のような形で終わってしまう。

しかし、本書の秀逸な部分はオチではなくその経過なので全く問題ない。

おすすめポイント:
人間の心に関して興味がある方であればきっと楽しめるのではないだろうか。
逆に爽快なミステリーだとか、ノスタルジーを感じたい方にはおすすめできない。

症例A (角川文庫)

著者:多島 斗志之

症例A (角川文庫)

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